最高裁判所第三小法廷 昭和33年(オ)606号 判決 1960年11月01日
上告人 株式会社石川炭砿
被上告人 労働保険審査会 外二名
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人毛利将行の上告理由について。
論旨は、「労働者災害補償保険法一九条は保険加入者に重過失がある場合の保険給付の制限を政府すなわち基準監督署長の専権に属する自由裁量事項とする趣旨であり、従つて保険審査会は制限事由があると認めるかぎり、保険給付の制限をなすべきか否か及び制限の程度の点については審査することなく再審査の請求を棄却すべきものとする趣旨であるのに、原審がこれと異なる見解をとつたのは失当である、というのである。
しかし、仮に右一九条の趣旨が所論のとおりであるとしても、審査会が制限の程度につき裁量権を行使し原判決判示のとおり原決定を変更したこと自体により上告人は利益を受けこそすれ、何等不利益を受けたわけではないから、所論のような違法は、取消事由の主張としては、主張自体理由がないものというべきである。さらに、右一九条をもつて、保険加入者に重過失がある場合の保険給付の制限を基準監督署長のみの専権であるとする所論も根拠のないものであることは原審の判示するとおりである。(もつとも同条の解釈につき所論のような通達は存するけれども、右通達の解釈は正当とは解されない。)論旨は理由がない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判官 垂水克己 島保 河村又介 高橋潔 石坂修一)
上告代理人毛利将行の上告理由
第一点 原判決が被上告人審査会は保険給付制限の事由の有無についてのみならず保険給付の制限を為すべきや否や並にその制限の程度に関し審査権限を有し且つ自らその給付制限を為す権限を有するものと認めたのは保険法第十九条、同法施行規則第一条第二項、同法第三十五条の解釈を誤つたもので民事訴訟法第三百九十四条に違背する不当の判決である。
1 原判決は
「保険法第十九条の制限事由がある場合給付の支給制限をするかどうか、制限の程度をどうするかはもつぱら労働基準監督署長の自由裁量に関する事項であつて労働者災害補償保険審査会は制限事由の有無の点についてのみ審査決定の権限があるだけで支給制限の額を変更する権限はないと主張するが右法条は「政府は保険給付の全部又は一部を支給しないことができる」と規定し保険法施行規則第一条第二項は保険給付などに関する事務を署長の管掌と定め保険法第三十五条は審査官、審査会に逐次審査を請求することができると定めているのであつて署長、審査官、審査会がともに政府の機関である以上特別の明文のない場合において原処分庁である署長のみがひとり制限または制限の程度について自由裁量権を有し審査官、審査会はこれを有しないと解すべき理由がない」としているが原判決が他の部分において認めているように「労働者災害補償保険審査会が保険審査官労働基準監督署長の上級監督庁であると認めるべき法規が存しない」のであるから審査会が自由裁量権を有するとは云い得ない。
2 一般に行政機関が自由裁量処分を為す為めにはそのこと自身が法によつて認められていなければならないが法が明文を以て行政機関が自由裁量の職権を有する旨の定めをすることは稀であつてむしろ法の覊束の定めのないことが即ち自由裁量の職権を認める趣旨と解すべきものとされる。
従つて
イ 法が行政機関がある処分をなし得ることについてのみ規定を設け他に何らの定めをしていない場合
ロ 法が行政の終局目的である公益原則を掲げているに過ぎない場合
ハ 法が単に行政機関が必要に応じてある行政処分をなし得ると規定する場合
ニ 法が行政の相手方について行政機関のある行政処分を受けた上でなければある行為をなし為ない旨を規定し、しかもその行政機関がその行政処分をなすことについて別段の定めをなしていない場合
等にはいずれも行政機関が自由裁量の職権を有するものと解されている。
労働者災害補償保険法第十九条の規定において給付の制限をなすか否か、その制限の程度を如何に定めるかは正に行政機関の職権に委ねられたものと解すべきことは前記の解釈に照し明白なところである。
保険法施行規則第一条第二項は保険給付等に関する事項を労働基準監督署長の管掌と定めているから保険給付制限に関しては監督署長の自由裁量に属し他より制肘を受くべきものでないと解さなければならない。
保険法第三十五条は異議の理由につき何等の定めをなしていないけれども行政官庁の自由裁量に属する行為については行為の性質上審査の対象たり得ないものと謂うべく結局保険給付制限の事由の有無についてのみ審査の対象となることは当然である。
3 原判決は
「若し原告主張のとおりに解すべきものとすれば審査会(審査官についても同様である)が制限事由があると認める限り常に審査の請求を棄却しなければならないのであるから加入者または労働者は制限の点、制限の程度の点については全然不服の申立をすることができないと同じ結果になるわけであるが保険法第三十五条は単に「決定に異議(不服)のある者」といつているだけであつて異議の理由を制限事由の有無の点のみに限定してはいないのであるから原告の右見解は採用できない。」
としているが裁量処分と審査機構との関連から生ずる結果であつてその故に審査機関に自由裁量権ありと結論することは出来ない。その救済は自ら他に求むべきであり又法は之を予定しているものということができる。
4 行政実例においても労働基準監督署長の自由裁量によつて定められた保険給付制限に関する決定はその制限額が裁量権の濫用であると認められない限り審査の対象とはならないから「制限額を不当なり」と主張する審査の請求は原則として却下すべきものとされている。(昭和二六、一〇、一、基災発第一九〇号)
5 学説に見るも保険給付の請求があつた場合においてそれが法第十七条乃至第十九条に規定するいずれかの制限事項に該当するときはこれに対し支給制限を行うかどうか及び制限する場合にはどの程度の制限を行うかは労働基準監督署長の自由裁量に属する事項であつて他より制肘をうけるものでないとされている。(池辺道隆・労災保険法釈義一六七頁)
6 被上告人審査会は本件審査請求事件については保険給付制限事由の有無についてのみ審査権限を有し保険給付制限をなすべきや並にその制限の程度に関しては審査権限を有しないものであるから本件につきなした決定は違法な決定である。
然るに原判決は保険法第十九条、同法施行規則第一条第二項、同法第三十五条の解釈を誤り行政官庁の自由裁量処分に関する解釈を誤り右決定を維持している。
右は判決に影響を及ぼすこと明な法令違背であるから原判決を破棄の上相当の御判決あらんことを求めます。